今年2回目のスポーツジム。2時間半ほど汗を流しました。

 

どうしてもやり過ぎてしまう性格なので、熱くならないように抑え気味にやっています。

 

ただ、淡々とメニューをこなしているだけですと、気持ちが沈みこみがちになり、重苦しくなることもあるのですね。

 

ふと「自分はどうして60歳にもなって、フィットネスクラブになんぞ通っているのだろう」と、重い体にむち打ちながら思いました。

 

運動する理由は、何なんだろう?

 

出っ張ってきたお腹をへこませたいためか、痩せたいためか、少しでスタイルをよくして異性にモテたいのか、体力をつけたいのか……。

 

すると、自分でも思いがけないことに気づいたのです。

 

このブログのテーマは「幸せ探し」ですが、私がスポーツジムで汗を流しているのは、何かを探しているのではないだろうか。

 

いや、探しているというより、何かを声にならない声で呼んでいる、遠くに行ってしまった大切なものを、はるかかなたで微かに揺れ動いているものを、こちらのほうに呼び寄せたいために、汗を流しているのではないか。

 

その「何か」とは「若さ」というべきものなのでしょうか?

 

 

理屈ぬきに燃え上がる炎。

 

計算とか打算とかは関係なく、無我夢中で駆け出してしまうような純粋な衝動。

 

理由もなしに笑いかけたり、接吻したくなるような人懐こさ。

 

そういった、今の私には縁遠くなってしまった大切なものに向けて、叫んでいるのかもしれません。

 

呼んだって、答えてくれないかもしれない。叫んだって、知らんぷりされちゃうかも。なぜなら、私はもう60歳になってしまったから。

 

残酷な現実。現実は残酷。

 

でも、呼び続けたい、叫び続けたい。だって、今も自分は生きているのだから。

 

命の炎はちろちろとではなく、赤々と燃やしたいじゃないですか。

 

まあ、こんなことは、まわりの人には言えないですけどね。ブログに書けるだけのこと……。

 

ともあれ、今年は週2回くらいは、ジムに行きたいと思っています。