新しい恋愛が始まったばかりなのに、苦しみしかない、そんな気がしてなりません。

 

61歳と45歳、16歳差の熟年恋愛なのです。

 

そこには大いなる期待があるはずなのに、一方で「これから、どうなるんだろうか」という不安ばかりが先立つのです。

 

映画やテレビドラマのようには、うまく行きませんよね。

 

ドラマと現実との違い?

 

そこに熟年恋愛の苦悩があるのだと思うのですが……

 

相手の女性、K子には2人の子供がいます。バツイチです。

 

まだ完全に子育てが終わったわけではなく、仕事も2つしているので、時間がなかなかとれません。

 

将来のことを考えて、次の相手を探そうという気はあるでしょう。

 

しかし、それはあくまで現実的な要求であって、私が夢想するところの恋とはかなり格差があります。

 

映画とは違う点は、そこにロマンがほとんどなく、計算が目に付くこと。

 

これでは、男の方は、どうでしょうか?

 

私としては、ご飯がいっしょに食べられる相手、癒される時間をともにできる相手がほしい、というのが本音です。

 

また、結婚というものをしたことがないので、結婚への憧れもあります。

 

でも、癒しだけを求めて恋愛世界に没入すれば、手痛いしっぺ返しをくらうことは想像に難くありません。

 

相手を経済的に支えなければならないので、その分、仕事を増やすことになる。

 

仕事を増やせば、自分の自由になる時間は減ってしまいます。

 

これまで自由気ままに生きてきて、寂しくなったから結婚しよう、では、シニアの結婚はうまく行かないでしょう。

 

現実は甘くないのです。

 

お金も、時間も、そして新たなストレスもかかる、と考えた方が妥当なのが、結婚生活なのでしょう。

 

結婚は人生の墓場である、と昔から言い伝えらえていますが、そういう面は現実としてあると思います。

 

相手が優しく、温かく、思いやりがあれば、結婚ロマンもあるだろうにと考えるのは傲慢でしょうね。

 

女手一つで2人の子供を育ててきたわけで、性格がきつくなるのは当然。

 

血液型もA型なので、神経質なところもあります。

 

しかし、しかし、です。

 

ここで回避してしまったら、何も残りませんよね。

 

そう簡単な相手ではありませんが、耐えて耐えて耐え貫くのも、一つの道だと思います。

 

「忍ぶ愛」と呼ぶべきか。

 

「忍ぶ愛」は片思いのことですが、私の場合には、我慢に我慢を重ねる恋愛を意味します。

 

心の上に刃物を乗せて、ぎりぎりの我慢を重ねながら続ける、耐える愛です。

 

耐えることには若い頃から慣れてはいるのですが、どこまで「忍ぶ」ことができるでしょうか。

 

まだ始まったばかりのなのに、ネガティブに考えすぎている気もします。

 

しかし、突然、足元をすくわれるよりは、今から、心の準備をしておいた方がいいと思うのです。

 

この時点で逃げるのではなく、耐えられるところまで、耐えてみたい、そんな気がしています。

 

険しい山道、茨の道が待っていようとも……。