今日のテーマは「心の断捨離」です。

 

物を捨て、情報を捨て、体のぜい肉と脂肪を捨てれれば断捨離が完成するかというと、そうは行きません。まだ、おろそかにできない要素が残っています。

 

それは、心の中にあるものです。

 

心の中にある、余計なもの、あるいは過剰なものを、捨てるか、抑制するかしないと、軽快で豊かな生活はありえません。

 

もっとも警戒すべきは?

もっとも警戒すべきは「欲望」です。

 

この猛獣のような感情は際限がありませんからね。

 

例えば、お金。100万円を手にしたら、1000万円欲しくなる。それがかなえられたら、今度は1億というふうに。

 

これでは、いくら稼いでも、いつも焦燥感にかられていて、決して幸せな気持ちには浸れません。

 

だからまず、「欲望という名の猛獣」を、上手にコントロールしなければならないのですね。

 

ただこの「欲望」も、暮らしに最低限の必需品があるように、ある程度ないと、生活に活力がわいてきません。張りが出てこないわけです。

 

だから、この「欲望」は、ほどよく持っているべきだと言えます。

 

欲望には、善なるものと邪悪なものがあり、時には、善と悪が混交している時もあるのです。そのために、操縦が難しくなるのです。

 

「欲望という名の猛獣」を手なずけるためには、「エゴイズム利己主義)」をまず抑制する必要があると、私は考えています。

 

エゴイズムとは、自分さえ良ければいいという考え方。ビジネスでいえば、自分さえ儲かればいいという一方的な思考を指します。

 

利己主義がなぜいけないかというと、そもそも人間の幸福感は、他者たちとのバランスによって生み出されるものだからです。

 

周囲の人たちとの健全な関係なくして、人は幸せにはなりません。仕事でいうなら、自分だけでなく、他の人たちにも利益を還元しなければ、健全な運営は不可能となります。

 

何だか、道徳的なことを申し上げているようですが、実は私自身、エゴイズムや、際限のない欲望に振り回されて暮らしていた時期があったのですね。

 

そのため、何度も死にかけるような大病を経験してきました。

 

要するに、自分の欲望によって、壊れてしまったのです。その反省から、私の「心の断捨離」はスタートしています。

 

エゴイズムの対極には、奉仕の精神があります。

 

まったく報酬を期待しない「完全なる無償の愛」というと、現実離れしていると感じられるかもしれません。

 

しかし、「人のために役立ちたい気持ち」と考えれば、この感情は誰もが持っているであろうと容易に想像できますよね。

 

その意味では「心の断捨離」を始めるためには、エゴイズムを抑制し、人に役立つことに自分の存在価値を見出すことの大切さに気づくべきだと言えそうです。