ふっと寂しくなる時があります。急に空しさを覚える時があるのです。

 

それは、どんな時か?

 

自分が正当に評価されない時、いや、実際の評価はほとんどなく、極めて低いか、無視されても仕方がないくらいに自分の存在感が薄い時です。

 

お金を払ってサービスを受ける場所に行けば、それなりにチヤホヤはされるでしょう。しかし、それは一瞬であり、自分の本当の評価ではありません。

 

お店を出て独りに帰った時、「そうか、客だから相手にしてくれるけれども、本当は自分なんか、どうでもいい存在なんだな」と気づいた時、ぞっとしてしまいます。

 

言い知れぬ「孤独感」にさいなまれてしまうのですね。

 

では、どうしたら、この「孤独」から逃れられるのでしょうか。

怖いのは、自然と自分がチヤホヤされる場所に行きたがるようになることです。

 

その方がラクだから。簡単に「寂しい自分」から逃避できるから。

 

でも、その先には、辛い孤独感しか待っていません。

 

本当に大事なのは、現実の厳しい評価に身をさらすことだと思います。誰にも相手にされない寂しい自分がリアルな自分なのです。

 

そうした極めて地味な光り輝くこともない自分を、正視することから始めなければ、やたらとお金が減ってゆくだけのこと。

 

現実逃避に明け暮れ、自分が成長することはありません。

 

生意気なことを言っているようですが、これは自分に言い聞かせているのです。

 

残酷なようですが、侘しい、誰も寄ってこないのが今の自分であって、そうした自分を打破するために、地道な努力を始めないことには、バーチャルな快感だけを追い求める破滅的な人生になってしまうでしょう。

 

では、どうしたら、現実逃避しないで、自分を成長させるのか?

 

答えも、地味です。

 

ストイック(禁欲的)に生きるしかありません。地道に精進努力するしかないのです。

 

早起きするとか、早起きしてできた時間に、自分を磨くための勉強をするとか……。

 

孤独、それがシニアにとっては一番怖いと思います。

 

二十代の孤独には、ロマンがありました。感傷的な甘酸っぱい恋の予感さえしたものです。

 

しかし、60代の孤独は切実。その先には、白骨死が現実として迫ってきます。

 

少しだけ余ったお金をお店に行くことでなくしてしまうのではなく、自分の輝きを少しでも強化して、人として真に成長するしか、孤独地獄から逃れることはできないと予測しています。

 

今の私は、長いこと遠ざかっていた「読書」を始めました。

 

最初はなかなか活字が頭に入ってこなかったのですが、今は、少しずつ滑らかに意味を吸収できるようになっています。

 

それと、ストレッチ。これも地味ですが、続けていれば姿勢が良くなるし、疲労感も軽減できるので、若さを保てると感じています。

 

しばらくは、読書とストレッチで、自分を整え、次なる飛躍に備えるつもりです。