60歳を過ぎて痛感するのは、何もかもが変化してきていることです。

 

体力は衰え、気力も衰え、経済力も衰えてきます。

 

ですから、下降線をたどる中で、今までとは違った生き方をしなければなりません。

 

ところが、多くの場合、過去の栄光に浸っていたり、まだまだ自分は若いと無理に言い聞かせたリ、周囲とのズレを無視して暴走しようとしたり、時代の変化に気づかなかったりして、没落を早めてしまいかねません。

 

現実は残酷です。刻一刻と、衰えている自分を見つめる必要があります。

 

過酷なまでに「自分の衰え」を正視しないかぎり、本当に有効的な生き方は見つからないでしょうね。

 

しかし、一方で、60歳を過ぎたからこそできることもあるので、まんざら捨てたものではないのです……

まずは、「自分の衰え」を認めること。

 

逆転サヨナラを狙うにしても、大金を投資したり、物をいろいろ買ったり、仕事の規模を大きくすることはやめたほうがいいでしょう。

 

暮らしは極限までシンプルであるべきです。

 

そのシンプルな暮らしの中で精一杯暴れればいいのではないでしょうか。

 

そう、暴れるのです。

 

終活というと、もう暗い、後ろ向きな話しみたいに聴こえそうですが、そうではありません。

 

自分の舞台を思い切り狭めれば、衰えた体力、気力、能力でも、まだまだ活躍できます。暴れられます。

 

大事なのは、自分の衰えを認め、舞台を小さくすること。

 

小さいステージで、無理をしないで、自分らしくダンスすることです。

 

求めるのはお金ではなく、自分らしく輝くこと。

 

この自分らしさが、生きる軸になります。

 

以下で、まとめてみますね。

 

60代で生き方の軸を作る方法

 

1)自分の衰えを認める。

 

2)舞台を小さくする。

 

3)自分らしく思い切り暴れる。

 

では、先ほど言いかけた、60歳を過ぎたからこそできることとは何でしょうか?

 

答えは、例えば「若い女性と付き合えること」です。

 

「え?」っと感じましたか。

 

体力が衰えているからこそ、若い女性の話を聴いてあげられます。自分の欲を捨てて、女性の相談にのってあげられるでしょう。

 

恋人や愛人にならなくても、「飯とも」でいいじゃないですか。

 

飲み友達、お茶飲み友達、でもかまわないじゃないですか。

 

何しろ、若い女の子と定期的に付き合えるのですから。

 

やたらと自分を前に出すことさえしなければ、人間関係は円滑になります。

 

「自分の衰え」を活用する機会は、自分自身で作り出せると思うのでが、いかがでしょうか。