ここ半年で何だか、ひどく男女交際で悩んで来た実感があるのですが、気づいてみたら、本命彼女はまだいないのです。

 

あれほど、いろんなことがあったはずなのに、まだ「この子が自分の彼女です」と宣言できる女性はいません。

 

考えてみれば、贅沢は言えませんよね。何しろ、こちらは61歳の独身男子なのですから。

 

それなりに、お金は稼いできたけれども、決してお金持ちではありません。

 

しかし、ふっと自分から経済力をとったら女性に対し、ほとんどインパクトはないのではないかと思うと、落ち込んでしまいます。

 

よく「優しい」とは言われますが、それだけで女性が本命彼女になってくれるわけではないのですね。

 

ほどほどのお金と優しさと、あと何があれば、本命彼女はできるのでしょうか?

つい最近まで「見守ること」に専念しようと思っていました。

 

「見守るだけの愛」とは、相手の女性の性格や生き方を理解し、認め、欠点を許し、見返りを求めず、精神的に応援し続けるだけの無償の愛を意味します。

 

しかし、私はときたら、愛されたいと願い、体を欲し、美しい容姿と若さまでを、無意識のうちに求めていました。

 

無意識という意味は、露骨に表に出さなかったというだけのこと。

 

愛欲は日に日に高まり、自分を抑えきれなくなりそうなこともあったのです。

 

それが、結果として、友だちに近い関係なら、何とか交際を続けられるけれども、本命彼女どころか、彼女とさえ呼べる相手もいません。

 

これが、私の現実なのです。

 

では、私がさらにストイックになり、「見守るだけの愛」に生きられたら、本命彼女はできるのでしょうか?

 

無理でしょうね。

 

「見守る愛だけに生きる」こと自体に無理があります。

 

それよりも、「自分らしく、いきいきと生きること」の方が大事なのではないでしょうか。

 

自分が輝いていれば、女性が私を見る目がかわるはず。

 

悩んでばかりいないで、自分の生き方の軸を立て、軸をブラさず、自分らしく、自然に生きること。

 

要するに、自分を貫き通すことが大切なのです。

 

それができれば、ストイックな愛ではなく、自然体の愛になるのではないでしょうか。

 

そう、自然と付き合い始められる、そんな相手こそ、本命彼女なのかもしれませんね。