60歳を過ぎてから、体力の衰えを強く感じるようになりました。それとともに、恋愛観、男女関係に関する考え方も変化してきました。

 

私の場合、特定の相手がいないので、まず第一に「孤独」が怖ろしい。気楽な反面、やはり独り暮らしがこれ以上続くと、「白骨死」に対する恐怖がつのってくるのです。

 

死んでも誰にも気づかれずに、自分の部屋で白骨化している自分を想像すると、ゾッとしますね。

 

これは若い時にはない発想なのですが、老後の独りが怖いので相手(連れ合い)を探すようになるのです。

 

性欲が強くて、それを持て余して、異性を求めることは、60代男性の場合はほぼありえないでしょう。

 

しかし、困ったことに、現在、私は61歳ですが、まだあの欲望はあるし、行為も完遂できるのですね。

孤独死に対する恐怖、精神的な寂しさの他に、あと何年できるかわからない、あの行為をどのように楽しむかも、大事な問題になってきます。

 

理想は、本物の恋愛をして、本命彼女をつくり、その女性と相思相愛になって、あるいは結婚して同居し、行為を行うことでしょう。

 

でも、現実は、60歳を過ぎてから、ふつうに彼女ができるなどということは、まずありえません。

 

となると、どうすればよいか?

 

諦めて「もう、あれはしない」と決めてしまうのは、惜しいというのが本音です。

 

では、しかるべき場所に行き、お金を払って行為を行うしかないのでしょうか。

 

それには、経済力が必要になりますよね。

 

とすると、お金をさほどかけずに、あの欲求を満たす方法は、かなり限定されてくるかと思います。

 

パソコンで動画を見るなどのバーチャルな行為を除外すると、さらに狭められますよね。

 

いやいや、そういう考え方が間違っているのかもしれません。

 

目指すべきは、本物の恋愛。

 

婚活というよりも、ふつうに恋をしたい。女性を愛することを諦めてはいけないでしょう。

 

欲望のはけ口とし女性を見るのではなく、何歳になっても恋愛の対象として見つづける、そのことが良い生き方につながる気がしてるのです。

 

相手ができるかどうか、そんなことはどうでも良いのでしょう。おそらくは、できますまい。それでも、異性を思慕すること自体に意味があると思うのです。