高野悦子という人物をご存知でしょうか? 「二十歳の原点」の作者といえば、想い出す人が多いかと思います。

 

学生時代にこの「二十歳の原点」を読みましたが、当時は難解な哲学書などと格闘していて、「二十歳の原点」を侮っていました。

 

ところが、今日、突然に読みたくなり、ネットで注文してしまいました。

 

 

この本の中にある言葉を今もなお覚えています。それは以下のような一節です。

 

独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。

 

なんて素晴らしい言葉なんだろう、と自分で思い出した途端に感じ入ってしまいました。

 

高野悦子は二十歳で自殺してしまったのですが、それよりも40歳以上も年上の私の今にピッタリと当てはまるから驚きです。

 

高野悦子が青春期に書いた言葉が、シニアの私の今にしっくり来るとは、これはどういうことなんでしょうか?

私自身、成長していない、即ち「未熟」すぎるとしたら、情けない気がします。

 

しかし、現代社会で、60歳を過ぎれば、悟りの境地に達するというか、悩みがなくなる人の方が少ないのではないでしょうか。

 

最近、独りであることの寂しさを痛感しているのですが、あえて、独りであることに耐え、そして自分が未熟であることを認めることが必要だと思い始めています。

 

「独りであること、未熟であること」は、61歳の私にとっても「原点」と呼ぶにふさわしい言葉なのです。

 

大人になりきれない私、寂しさに負け、人に近づくものの傷つくばかりの私、若い時、中年の時にあった目標を失ったことで、60代に入って、悩みや迷いは深まるばかりです。

 

このブログでいろんなことを書いていますが、要するに、目標を持つことでかなりのことが解消されるように思います。

 

でも、その目標が見つかりません。

 

独りであること、未熟であること、この原点を見すえ、新たな目標づくりに着手する時が来ているのでしょうね。